| 障害者甲子園とは? |
| 悔しくて涙がほほを伝わり、緊迫した空気が張りつめ、腹がよじれるほど笑う。ここに集う高校生はすごかった! 参加者である障害を持つ高校生は全国から、ココ、兵庫県西宮市まで、親の心配や自分自身の不安を振り切り1人ぼっちりでやってくるのだ。 心臓バコバコで過ごした長距離バスや電車、船、飛行機での時間、やっと着いたと思いきや、初対面でしかも同世代の高校生にこれから4日間、介助を受けるのだ。研修こそ受けているものの「ど素人同然」。この介助をする高校生たちも普段は見たこともない重度障害者たちを前にぎこちない会話が始まるのである。 そこで高校生が組織する実行委員会が企画した10mの鉄板で「焼き肉大会」、「早朝流しそうめん」「夏祭り風屋台村」などの交流会で和気藹々になるのである。障害者への知識や理解などよりも遊びを通じて、まず接してみようということなのだ。 参加者する高校生が話し合う「分科会」では、高校生だからこそ抱えている問題、就職・学校・恋愛・将来、差別体験について議論し、人権問題に触れ理解を深めているのだ。中には「私は誰かに手伝ってもらわないと1人では買い物にも行けません。けれど、街の設備が整っていないのに、なんで私が『すみません』て言わなあかんのかな!?」のように緊迫した場面もあるのです。 そして行われる「一分間スピーチリレー」。これには参加する高校生全員が社会に対する色々な不満や疑問を街ゆくみなさんや社会に直接問いかけてみよう!という企画なのだ。でも本当のところは、大勢の人前で自己主張してみようということだ。 短いようで長い一分間。「私の学校では人権学習っていうのがあって、そのことで話していると先生が「障害者って気持ち悪いよな!」て言ってました。そんな事を言ってる人が人権学習なんてできるか!」。もうスピーチしてる方も、聞いている方もドキドキハラハラの連続で、みんなが真剣で本当に最高な企画なのだ。 第8回大会の目玉企画として飛び出したのが、この大会を通じメラメラ燃え上がる自分たちの熱い想いを日本で一番偉い(?)「内閣総理大臣」へ直接届けようと、全員で夜行列車に飛び乗り東京へ行き、本当に総理大臣に会いに行っちゃい「熱い想い」を伝えてきました。冷静に考えると「ムチャ」ですね。でもそんなことを本当にやってしまうのも「障害者甲子園」なのです。 4日間のプログラムがすべて終了し、討論会や学習会、入浴介助やトイレ介助など実際の介助を通じてお互いに仲良くなった高校生たちは、いつまでも帰ろうとしません。それでも参加者のみんなはそれぞれの地元へ帰って行きます。また1人ぼっちりで・・・。でも、その表情には不安なんてありません。笑ってます! 「障害者甲子園」は、こんなにも素敵な大会だったのです! ![]() |
| 1993年8月 第1回障害者甲子園/何もかもがはじめて!TVで人気の「ダンス甲子園」をパクって「障害者甲子園」!! 1994年8月 第2回障害者甲子園/第1回大会は3日間!短すぎということで4日間に! 1995年8月 第3回障害者甲子園/TVで「早朝流しそうめん」生中継される! 1996年8月 第4回障害者甲子園 1997年8月 第5回障害者甲子園 1998年8月 第6回障害者甲子園 1999年8月 第7回障害者甲子園 2000年8月 第8回障害者甲子園/総理大臣に会いに東京へ行っちゃいました! 2001年8月 第9回障害者甲子園 2002年8月 第10回障害者甲子園ワールド/最後なので世界中から障害を持つ高校生呼んじゃいました! |