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メインストリーム通信47号

支援費制度上限撤廃、西宮市と交渉

 「措置から契約へ」「障害者の自己決定の尊重」「利用者本位のサービス」を歌い文句に、四月から支援費制度がスタートしました。今年の一月には厚生労働省が突如「月120時間まで利用上限」案をだし、全国の障害者から大反発を受けるという事態がおこりました。このときは、西宮を含め全国の障害者が厚生労働省に大集結し、反対運動を展開し、上限案は白紙撤廃となりました。国は、従来のホームヘルプ制度と同じく、「利用時間の上限はつくらず、利用者の実態にあわせて、必要な時間を派遣するように」市町村に指導することとなりました。この結果、4月からの支援費制度でも24時間介助保障は可能となり、実際に東京などでは24時間派遣を行っております。阪神間の市町村でも、尼崎市・宝塚市・神戸市は月600時間までの介助派遣を認めています。しかし、西宮市では最重度の障害者でも、月380時間(日常生活支援)という利用上限が設けられてしまいました。これでは介助の必要な重度の障害者は生活が成り立ちません。

 そこで、団体を超えて西宮市在住の重度障害者で組織する「西宮市の介助制度を良くする会」(代表下地勉)で、月380時間の上限撤廃の要望を行いました。その経過と内容の要点を報告いたします。

1.西宮市障害福祉課との交渉 4月17日(障害福祉課:西尾課長) 
 要望書(別紙)を提出し、約10名の障害者が介助派遣時間が足らずに困って おり、早急に上限を撤廃するように要望しました。

2.西宮市障害福祉課からの回答 4月24日
 この日は西宮市の回答を聞くために、21名の会員が集まり、西尾課長から直 接回答を聞きました。内容は以下の通りです。
・380時間の利用上限は撤廃できない。
・二人介助は従来どおり月30時間。
・夜間の介助は従来どおり2時間まで。
 すべて、何の進展もなく、従来どおりの内容でした。
私たちはこの回答に納得できなかったため、そのまま交渉に入りました。

@今回の要望の検討はどこで、誰が行ったのか。
 福祉局内で、局長を交えて行った。また、サービス調整会議でも取り上げたが、 こちらは討議はしなかった。

A月380時間以上介助が必要な障害者がいるということは理解しているのか?
 理解している。

Bでは、なぜ月380時間の上限撤廃が出来ないのか。その理由は何か?
 予算的な問題である。

C他の理由はあるか?
 ない。予算的な問題だけである。

Dでは、上限を撤廃すると、具体的に予算はいくら必要になるのか?
 具体的な試算をしておらず、回答できず。

 支援費が始まる前に、ケースワーカーが利用者を訪問し、生活実態を調査しているので、市は個別に何時間必要なのか把握しているはず。また、利用時間が足らない人は4月21日までに、不服申し立て書(審査請求書)を障害福祉課に提出しており、そこには具体的に何時間必要ということを明記している。したがって、何時間アップになるのかは、具体的に試算可能なわけである。

 ここで、西宮市は380時間の上限撤廃が出来ない理由は予算的な問題と言っているにもかかわらず、具体的に試算もせずに、結論をだしていることが判明した。いくらかかるか試算もせずに、お金がかかるから出せませんと言っているのである。これは、全く理解できない。はじめから上限を撤廃するつもりはなく、真剣に討議がされていなかったのではないか。激しく抗議し、局内での再検討を要求した。

 結局、4月24日の回答ではなんの進展もなかったのだが、この問題は障害者の生命に関わる問題であり、一日もはやい撤廃が必要であるため、5月7日までに再度討議(@具体的にいくらかかるのか試算する Aその金額を出せないのであれば、その理由)を行い、回答をもらうこととなった。

 良くする会では、この問題が解決するまで今後も継続して取り組み、西宮市が障害者の生活を保障する市になるように貢献してゆきたい。4月17日付けで西宮市に提出した要望書。

2003年4月17日 西宮市長 山田 知 殿
西宮市の介助制度を良くする会 代表 下地 勉

要 望 書

拝啓 平素より、貴殿の障害者福祉へのご尽力に感謝申し上げます。私たちは、西宮市で支援費制度を利用して生活している重度障害者の団体です。

 今回、西宮市におかれましては、4月から実施された支援費制度において、利用時間の上限が最大380時間(西宮市支援費支給基準ガイドライン)と設定されております。しかし、国は従来のホームペルプと同じく、「一人当たりの利用時間の上限を設定せず、個人の意向や状況に応じて支給する」ように、市町村に指導しております。

 貴市はこのガイドラインは上限ではなく基準であると主張されておりますが、実態は、380時間を越える支給決定はしておりません。380時間以上介助が必要な利用者に対しても、380時間しか支給していないのです。私たちは西宮市においてはこのガイドラインが実質的な上限であり、国の指導に違反していると考えます。そこで、西宮市において今後も障害者の地域生活を推進されるよう、以下を要望します。

敬具



1.直ちに支援費制度の上限380時間を撤廃し、380時間以上の介助が必要な重度  障害者に対し、必要な時間数の支援費を支給してください。

2.第1項を撤廃した上で、二人のヘルパーを同時に利用する場合の利用上限30時間(30日の月の場合)を早急に撤廃してください。例えば日常生活支援の場合、1回最低1.5時間なので、毎日1回1月利用した場合、45時間必要になりますが、現在30時間しか認められず、1日1回利用できない状況に追い込まれております。

3.第1項を撤廃した上で、深夜時間帯の利用制限2時間を早急に撤廃してください。
  宿泊介助が必要な利用者の場合、夜10時を過ぎて介助者が交代した場合は、2  時間しか支援費が支給されません。

上記3点に対して早急に検討し、4月24日までに回答をいただきたい。



支援費制度は、どうなのだ!? 利用者の生リポート

 メインストリ−ム協会のアテンダントサービスを利用し自立生活をしている藤井です。今回はスタートしたばかりの「支援費制度」を実際に利用してみて、利用者の立場から感じたことや思ったことを書いてみました。

 この四月から支援費制度に移行したことで、聞き取り調査や事業所と契約したり、ケアプランを作成したりと初めてのことばかりで僕は少し苦労してしまいました。支援費制度のシステムは、介助時間を支給するとき障害の程度によって4つの区分に分けられています。最重度という区分のみ泊まり介助の深夜帯に使える2時間分を含めると支給時間が最高で380時間あります。今までよりも時間数が全体的には増えました。しかし、メインストリームが行っていた、市から下りる介助料を単価を少し下げて介助者に払い、残りの分のお金をまた介助時間にあてるという工夫ができなくなりました。その工夫で介助時間が足りていた人の中でも最も重度の障害者は最重度の区分ですら介助時間が足りません。そもそも支援費制度は、必要な人には必要なだけの介助時間が与えられるということから始まっています。にもかかわらず介助時間が足りてない人がでてくるのは残念で仕方ありません。しかし、今まで深夜の時間帯がまったくなかったのに支援費になってから一日2時間だけつくことになったことは少し評価できます。これは、僕ら全身性障害者が参加する「西宮市の介助制度をよくする会」でずっと訴えてきた結果可能になったのです。深夜の時間帯として無いよりは当然良いのですが、泊まり介助が必要な僕らとしてはまだまだ不十分なことには変わりません。市の方もその必要性はわかっているはずなので、よくする会では少しずつ時間を延ばしていく方向です。

 そして、書類に関しては慣れないこともあり書くのに時間がかかってしまいます。前の全身性とかガイドヘルパーの書類はそれぞれ枚数が違いますが、今回は使ってるサービスにかかわらず毎回3枚分は書かなければなりません。また、一人一人がもらってる時間数を常に把握しておかなければならないこともあります。なぜなら、それを超えてしまうと自己負担がでてくるからです。支援費制度はこれから自分がしたい暮らし(生活)を考え、月にどれぐらいの時間を使うか予定をたてた方がうまく使えます。

 その他に支援費の問題として出てきているのが、利用者が授産施設やデイ・サービスに通っているときは支援費を使えないということ。日常生活支援というサービスを利用してる場合、その最低開始時間が1.5時間からしか使えない、また残り時間数が1時間の場合、日常生活支援では使えないことがおこってしまうこと。時間帯によって市から通常の1.5倍の額でお金が下りてくるので介助が21時半始まりということができないこと。一泊以上の旅行や冠婚葬祭で外出するときは支援費を使えないこと。入院中も使えないことなどがあります。それから、介助料の払い方です。本来は、市が当事者に払うことが良いとされています。なぜなら直接払った方が、当事者が介助者を雇っているという意識がお互いでるからです。でも現段階では市が事業所に料金を払い、その事業所が介助者の口座に振り込むという方法になっています。それに介助者的には給料の現金を目の前にすることがなくなり盛り上がりに欠けるかもしれません。少し余談になりますが、ちゃらんぽらんな僕からすれば介助料のお金をずっと持っていなく済むので、そこの部分は少し楽になりました。

 結局のところ制度が変わったことで良くなった部分以上に問題もあって使いにくくなった気がします。でも、それを使いやすくできるのは僕ら障害当事者がこれからやらなければならないことだと言えます。



どこでも行くぞ!電動車イス!
「エビスタ」へ新デートスポットの下見???編

 3月18日、阪神西宮駅の高架下にオープンしたばかりの「エビスタ」をどこから嗅ぎつけてきたのか知らないが、あの3人組が4月14日に突然現れた。リーダー格の太田を筆頭にやすお・畑と何やら怪しいたくらみを持ち、新デートスポットに現れては、「バリアフリー調査〜!」と豪語しつつ、本音は自分たちのデートスポットの下見を彼女も居ないくせにしているに過ぎない何とも悲しい電動車イス3人組だ。

 阪神西宮駅の恵比寿口改札を出た3人は、まず眩しいぐらい「エビスタ」へ導いている広い改札前の空間に目を丸くする。畑は「オーッ」とその広い空間に感動したのか、いつも以上に高い声で「エビスタ」の入り口の方へ向かって行った。

 畑の後を追うようにして太田とやすおも、「エビスタ」の中へ入っていく。「エビスタ」は阪神電車西宮駅の高架下、2階建てになっていて、3人が改札から出て入ったのは、2階からだった。入っていきなり目に飛び込んできた店が、誰もが知っている、知ってはいるが阪神西宮駅の高架下に釣り合うのかと言いたくなるような「スターバックス」に「マツモトキヨシ」がそれぞれ左右に立ち並んでいた。3人はニヤニヤしながら「俺もここで、彼女とスタバってみるんやろな!」と胸をトキメかせ、締まりのない顔に。そして一番最初に我に返った太田は「ここは確か、阪神西宮駅の高架下やんな」と、6年前にこの近くへ住み移ってきた頃の状況からして想像すら出来なかった洒落た店舗と建物の情感に自分の目を疑った。それだけ美しく生まれ変わった阪神西宮駅の高架下が嬉しくもあり、また過ぎ去りし時代の流れを直に感じた瞬間から漏れた声でもあった。とはいえ、周りから聞こえてくるオバチャンたちの声は、6年前と変わらぬこってりとした西宮の口調だった。

 真新しい小じゃれた店舗が建ち並ぶ中を3人は、キョロキョロしながら突き進んでいくと、奥には阪神百貨店の入り口が見えてきた。いくつかある入り口(端っこ)の一つには自動ドアも設けられ、電動車イスでも入店し易くはなっていたが、両側に開くタイプと違い、片方が開く狭いタイプだったので、幅の広い電動車イスの僕らには少し入りづらかった。やはりここが百貨店だと思わせたのは「COMME CA ISE」のコーナーが真正面に店舗を構えていたことだった。おしゃれ的にもリーダーの太田は「COMME CA」の洋服を神戸辺りまで買いに行くことがあり、西宮駅の高架下に店舗が入ったなんて、嬉しさもひとしおであり、バリアフリー調査を忘れて、その店舗へ吸い込まれていった。一方ファッションにまったく興味のない二人は充てもなく、百貨店の中をうろうろと電動車いすを走らせていたらしい。

 太田があまりにも買い物に夢中だったので、やすおが「トイレを観に行こうや」の一言で、バリアフリー調査に来ていたことを太田は思い出した。ようやく身障者用のトイレを探し始めた。まず百貨店内には2階の西側に、「エビスタ」の中には1階の中央付近にそれぞれに設けられていた。新設だけあり、どちらとも広くて手を洗うところはボタン式で、水が出るようになっており、汚物専用の洗い場までちゃんとあったのには驚いてしまった。汚物専用なんて障害者の施設には当たり前のようにあるが、町中で観たのはたぶんここ阪神西宮駅の高架下だけだ。

 最後に一行たちは、阪神百貨店と言えばお決まりの「イカ焼き」を買おうと列に並んでいたら、後方にいたやすおにオバハンが話しかけてきた。「私ね、○○作業所でよくボランティアをしているんだけど、僕はどこの施設に入っているの?」と聞いてきたのに対して、やすおは必死に現状を伝えようと言っているのだが、言語障害で聞き取ってもらえず悪戦苦闘している。それを前方の二人は、まあ日常茶飯事過ぎるので、他人事のように前を向いては笑いを堪えていたのだった。やはりこの電動車イス3人組、以前から言われていた「3つの派閥に別れている」という噂は真っ赤な嘘でもないらしい…。