1号 2号 3号 4号 5号 6号 7号 8号 9号
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メインストリーム通信60号

 メインストリーム協会の玉木です。早いもので07年も、もう春ですね。早いですね。異常気象のおかげで。ついこの間、お正月だったのに…ってことでお正月の話なんですが、僕、大晦日23時40分頃からあるバラエティ番組を見て笑ってたんですね。そしたら「0時5分!」なんと知らない間に年、越してました。勝手な先入観でTVは「年越しを伝えてくれるもの」と思ってた… ことが間違いだったようです。初めての経験で年越しで寝ていたことはありましたが、起きていて年越しに気づかなかったのは、どう思い返しても今回だけだったのです。時間というものは意識しておかないと知らない間に通り過ぎていってしまうものなのですね。

 ここ4年くらい、特に障害福祉の制度がめまぐるしく変わっています。おそらくこの激しい変化は、これから先もかなり続くのではないかと思っています。この激しい状況も、現在、アテンダントも利用していないボク自身が「他人事」と思ってしまえば、何となく時が過ぎていくんかなと思っています。しかし、ボクも障害者です。そして、メインストリーム協会のスタッフなのです。「どんなに障害が重度であろうとも、誰もが地域であたりまえに暮らしていける」そんな社会になってほしい。いや、していきたい。と心底思っているからいろいろと怒ることができるんやろなと思っています。

 まだまだ、ボクも知らんことがいっぱいあり、いろいろな人とお仕事をしていく中で恥ずかしいこともいっぱいあります。だから、無理はしないけどいろいろな勉強を更にしていこうかなと思っています。今、思うことは、同じ時間を過ごすなら、激しく面白く「この社会を俺らが変えたんや!」と言えるような生き方をしていきたいなあ。「時間」を大切にしながら・・・。


1月28日の利用者交流会報告  利用者スキルアップ課・神山

 1月28日、利用者スキルアップ課の企画『利用者交流会』をやりました。今回の内容は兼ねてからアテンダント定期研修で「利用者と直接話し合える機会が欲しい」という声が多く、初の試みを企画しました。しかし『交流会』と銘打ってしまったため、交流会的な内容を想像していたという声が会を終えた後、聞かれました。でもたまには本音でお互いに言いたいことを言うのも、いい関係を築いていくためには必要なことだと思います。ただ、この日は利用者は沢山参加してくれましたが、社会・介護福祉士の試験が重なったのか、案内が上手く届かなかったりで欠席のアテンダントが多く、その点は少しがっかりでした。今後、また利用者とアテンダントの交流の場、他団体との交流や意見交換できる場も必要だと思いますので、利用者スキルアップ課として企画したいと思ってます。以下が今回の内容です。利用者の発言は「利」、アテンダントの発言は「アテ」と略してます。スタッフの名前はそのままです。

アテ: 前から気になってたんですが女性の利用者の方は普段何してるんですか?男性の利用者は自分がアテに入ったり、ミラージュに行ったりしてなんとなく分かるけど、女性の方は普段関わりがなくわからないので教えて下さい。
利: 私は週1でリハビリに行ってます。家事が好きなので普通の主婦みたいに家事をやっていることが多いです。書類の提出は自分で事務所に持っていくようにしています。
利: 私も病院に行くなど外出します。家事は実際にはできないけど、アテに指示を出して料理などもやっています。家にいる時はパソコンでメールやブログをして普通の生活をしていると思います。
アテ: 僕は結構みんなインドア派やと思います。日常的なことも大切だけど、もっと何かすることがあるのではないでしょうか。友達とか、いろんな人とのつながりはどうなってるのかって思います。人間関係がアテしかいないんじゃないかと思ったりするんですけど。
利: 外出する機会も多いし、家にいるときは家事やパソコンしているだけで引きこもっているわけではないですし、メイン以外にも友達はいます。
アテ: 僕も横のつながりが薄いんじゃないかと感じます。僕自身も他のアテさんとのは横のつながり薄いのですが、それでもプライベートで飲みに行く約束したりします。利用者は利用者同士で約束をしたりすることはあるんですか?
利: 私は趣味関係の仲間と飲みに行ったり、家に集まったりします。普段は趣味を楽しんだり、ボランティアで月3回活動していて子供達と触れ合っています。アクセサリーを作るのが好きなのでアテさんと一緒に作ったりもします。
アテ: 個人的なこともいいが、社会との関わりはどう考えていますか?
利: 今の家に引越ししてから近所付き合いができました。大家さん、管理人さん、同じマンションの人、近所のお店の店長さん、美容院の人、定食屋さん。一人暮らしを始めた頃は、オロオロしとったけど「ミラージュに来てくれや」って廉田さんが言ってくれ、行くようになりました。今は月曜シネマ館を企画するようになって1年たちます。提案した映画は40本以上になったかな。近くにサフランっていう事業所があって、そことも今仲良くなりつつあります。そういう地域とのつながり、メインストリームとのつながり、両方がかみ合って僕という人間ができていると思います。時々利用者の中から、ぶっちゃけ事務所に行きにくいと言うのを聞くと正直、月シネやってるのにな、横のつながり作ろうとしてるのにな、と寂しくなります。かといって仲間やからといって強引に引っ張ってくることもできないし…
利: 西宮に来る前は買い物とか施設職員に行ってもらっていた。自立して僕らが街に出て、僕らの存在を知ってもらうのも僕らの役割だと思っている。アテにもそう言っています。
利: 地域で住んでいることが社会を変えていることとつながるんじゃないの。
沖田: 仲間って、横のつながりのことやって思ってるけど、みんなどう思っているのかな。
利: 「障害者が生きやすい社会に変える」ってこと。仲間やって思わないとアカンと思っている。
沖田: 頑張っている人とそうでない人がいる。みんな一緒じゃないとアカンと思う。アテンダントはどう思ってるの? 社会を変えようと思っている人と、そういう風に思ってない人がいるように思えるけど、どう?
神山: 年末の利用者交流会でカドタさんがこんな話をしてました。「みんなが介護保険との統合に何故反対したか? それは介護保険は人生なにもかも社会の中でやりつくした老人の為の制度で、これから社会に出て地域で参加していく若い障害者と一緒にするなというのがあった。しかし実際は自立しても家でTV(例)見てるだけの利用者が多い。せっかく自立して地域で生活してるのにもったいないし、権利だけを主張するのではなく、ある程度社会の中で役割を果たさないといけないのではないか? もちろん健常者と同じくらい活動することは無理だし、出来る範囲で何かやるべきではないか? もちろんどう生活するかは個人の自由だが、例えばアテンダントが家でTVを見ている利用者の姿を見てて『いきいきしてていいな、やはり障害者も社会に出て生活すべきやと思うかな?』この話についてはどうですか?
井内: せっかくの自立生活を充実させることを広く考えないかな。
利: 僕は車イス・スポーツをしていて、車イスでもスポーツができるんだというアピールが出来る。自分を表現ができるスポーツをしていることによって学校とかで講演することによって自分のことや障害者のことも伝える。
利: 僕はこういう場へ参加するのはあまりない。在宅で外にでることがない。
利: ゆっくり自分と違う障害者との交流をピアサロンなどで深めたい。あと医者でも障害者のことを分かっていない医者がいるので障害者のことを伝えたい。
利: 充実はしてる。体調が悪いけど目標をもってやっています。
利: これから自分の生活を組み立て充実した生活にしていきたい。これからすることを探していきます。ピアサロンとかいって色んな人と話していきたい。
利: 自立生活の中で自分の常識が間違ってないのか? いろんな事をいろんな人と付き合うことによって学べたら良いと思っています。
利: アテンダントの人は苦手な介助とかあるの?
アテ: 苦手な介助はないけど、指示のないのことが苦手。アテ中に些細な問題が起こった時、僕の考えとメインが一緒かどうかはわからないのがやりにくい。
アテ: アテ活動して3年、最近やっとアテの役割を理解してきてます。苦手なことは利用者から指示がないこと。あとダメことはダメって言って欲しい。こっちも無理なことは無理って言うし。私の年が年だから言いにくいかも知れませんがストレートにいってね。普段行ったことのない場所も、アテで行くと良い勉強になります。これからもいろんな所に連れて行って下さい。
アテ: 自分から話を持っていくことが苦手。アテをしていて社会を変えていくのにまだどうしたらいいのか、よく分からない。
アテ: 私はアテの新人研修で家事的なことを教えているけど、新人のアテさんがちゃんとできているのか… 分からないことは利用者に聞いてと伝えてるけど、十分に伝わっているのかな? 何か不満はありませんか?
利: 新人さんも、来てもらう方も初めての時は緊張する。料理も最初はアテさんには簡単な料理から作ってます。最初はスープとか慣れてからできる人はいろんなことをやっていってもらう。
アテ: 利用者から丁寧に指示してもらえば嬉しい。車イスの位置からは排水溝など見えにくいと思うので、ついこちらから言ってしまうが、そういうのが何度も言われるといやなのかな?
利: 言語障害でアテに伝わらないから、どう指示を出しらいいか分からない。
神山: プレッシャーを感じずゆっくりやって下さい。そしたら慣れていきますよ。
アテ: 私も完全じゃない。家事も完璧にできるわけじゃないので、いろんなことを言っていただいて助かります。
アテ: 呼吸器を付けた利用者が呼吸器の音の問題で芸術文化センターでのコンサートを聞けなかった件がショック。公共施設なのでなんとかしたい。別の利用者とあのホールを作る監修をした方に手紙か何かで、この事を伝えたいと思ってる。
アテ: アテ中に感じたことは、アテ活動を始めた頃は頑張りすぎるので健康管理を意識しないと持たない。あとは暖房を使わない利用者の方で、我慢していたがあまりに寒すぎて暖房をつけさせてもらった。しかし利用者が汗ばんできたので悪かったかなと思った。あとは、指示がないとやりづらい。特に入浴介助時はしっかり指示して欲しい。アテ同士の連携も大切だと思う。
神山: 冷暖房についてはアテ会議でも出てくる。障害によって体温調節が難しい人もいるし、その辺は最初に利用者もアテが働きやすい環境を作るために話し合うことも必要だと思います。
井内: 自立したから終わりじゃなくって、みんなでこれからどうしたら良いのか考えていってくださいね。アテンダントさんはアテンダントという仕事を通じて、伝えるものや役割があることについて考えてみてくださいね。

ATTENDANT LINE!

 メインストリーム協会には個性豊かなアテンダントがもりんもりん! そんなアテンダントさんたちを紹介する「ATTENDANT LINE!」今回はアテンダント歴4年半の松永さんです。Have a nice ATTENDANT!

「アテンダントを始めて」

 山口県から来て5年半、アテンダントを始めて4年半になります。最初の頃は「なんで西宮に?」ってよく聞かれました。16年間、山口の総合病院の職員として多くの患者さんと接しながら受付、病歴室の管理、入院計算などでパソコンと格闘する日々だったのですがある日、ギターの弦が切れるように辞めてしまいまいた。3人娘がいるのに辞めてしまった自分に腹が立ち家の柱に頭をぶつけたりもした。痛かったです。地元での就職も探したが「桜散る。」そして何か資格をと思い、西宮のスポーツトレーナーの学校に通うため、ここ西宮に来ました。

 卒業後、障害者の有料介助というものを知り、西宮市総合福祉センターにある青葉園を中心に活動する事業所「かめのすけ」へ行きました。そこでメインストリーム協会を紹介してもらい「アテンダントをしよう!」と決意しました。
 当時の研修は、今よりはるかに簡単で下地さんの車イスを30分ほど押し、藤原くんの泊まり介助一晩だけでその後は、まさにぶっつけ本番だった。

 アテンダントを始め数ヶ月が過ぎた頃、単発での外出介助のアテ依頼を受けたことが私の人生にとって強烈な感動を覚える一期一会の出会いとなりました。その利用者は文字盤の裏に「対話をする時はこの文字盤を使い、左手の薬指で文字をゆっくり指します。ゆっくりな気持ちで応接して下さい。緊張が入って、左手が動きにくくなった時は、緊張が抜けるまでの間、心にゆとりを持って待っていて下さい。なるべく文字を指して多くの人達と対話を楽しんで行きたいので、ゆったりペースで応接して下さい。」私は一つ一つ文字を読みながら涙を流すほど感動しました。対話・ゆっくり・ゆとり・待つ・楽しむ、相手を気遣った優しい文字盤の言葉、彼との出会いはアテンダント歴4年半の中で最も印象に残っています。

 アテンダントとして失敗したことも思い出の一つで、アテンダント前にランニングに入れ込んでしまい遅刻したことや、泊まり介助中、利用者に尿瓶をあてた直後に寝てしまい、悲鳴と尿の生暖かさで目覚めたことや思い出しただけで平身低頭ですが・・・。失敗は失敗として反省し利用者に謝罪し、今後の教訓にしています。少し大げさかも知れませんが、一人一人が失敗を素直に認めることが誰もが本当に暮らしやすい社会になるのではと思います。

 そしてアテンダントとして様々な体験もさせて頂きました。障害者運動で東京へ。歩道橋しかない交差点など関西よりもバリアフリーが整ってないと感じました。太田裁判の募金活動でも優しい言葉をかけてもらいハッピーになったり、またそんな経験が私をそうさせたのか、アテで大阪の地下鉄に乗ろうとした際にエレベーターの場所がわかりにくく時間がかかったので、後日一人でその駅に行った時に、駅員に「もっとわかりやすく表示して下さい!」とお願いしていました。

 最後に一人の利用者には20人前後のアテンダントが出入りしていますが、アテンダントも野球のチーム同様、チームワークで成り立っていると思います。ある利用者のとこでは、台所は片付けてないし、タバコの灰、生ゴミはそのまま、訪問時の掃除に30分かかることもよくあります。逆に今日は綺麗に整頓されていたり、洗濯物が丁寧にたたまれていたりするとと感動したり、私も他のアテンダントさんを見習うこともあります。やはり「来た時より、キレイに!」を基本に、利用者とのコミュニケーションを大切にしながら、自分自身の体調管理をしっかりと、どうしてもしんどい時は利用者に「今日は疲れているので延長はなしでお願いします!」と一言声をかけ、「忙中閑あり」「ゆとりと対話」の言葉を胸に抱き、これからもアテンダントをして行きたいです。


台湾報告

 台湾といえば、つい2年前にメインストリーム協会で障害者の自立生活について研修を受けていた、リンちゃんを皆さんは覚えていますか? そうあのリンちゃんが今は台湾で初めての自立生活センターを立ち上げることになったんです。

 台湾の障害者は地域で生活をするための介助制度は一切ありません。介助ではなく、フィリピン等からの外国人労働者によるメイドのような制度、またはホームヘルパーのような制度ができつつありますが、本当に障害者にとって必要な介助制度はありません。

 そんな中リンちゃんは一人で多くの人に語りかけ、仲間を探し、自立生活センターを立ち上げます。皆さん覚えておいてくださいね、若干26歳の骨形成不全のリンちゃんが2007年2月に台湾初の自立生活センターを立ち上げます。

 今回はこの台湾の自立生活センター「新活力センター」のメンバーを盛り上げるため、またはどんな意気込みをもっているのか、それから事務所となるところを、リンちゃんと一緒に見に行きました。

 それぞれ個性的でみんなこれからこんな社会になったらいいのにとか、障害者が自立するなんて夢物語みたいな事が実現できるのかといった、希望と不安の両方を一人一人から聞いてきました。メンバー全部で7人、障害者が6人で健常者が1人です。

@代表で骨形成不全、林 君潔(リン チュンチエ)
Aポリオの呼吸器を使っているおじさん、陳 榮福(チン ロンフー)さん
B軍人あがりで坊主頭の頚損、魏 國明(ウェイ ゴーミン)さん スタッフというよりお手伝いさん。
C小児リュウマチ、現役助教授、姚 緑艶(リュウ イエン)さん
D筋ジストロフィーでリンちゃんと同い年、鄭 鈴(テイ リン)さん
E骨形成不全、メインから送った電動車イスに乗っている。荘 棋銘(チョン チーミン)さん
F健常者で昨年の台湾の介助研修に参加した、楊 文緯(ヨウ ブンイ)さん

 みんなそれぞれどんな人生を送ってきたのかを話してもらい、自立生活センターについてどう思ったのか、どんな社会にしていきたいのか、どんなサポートをしていきたいのか、どんなサポートが必要なのかといったことを聞いてきました。その中でも僕はリュウさんの話が印象的でした。

 リュウさんは制度がないので13歳から25歳までずっと寝たきり、外出ゼロ、家族と親戚以外の交流はなしといったものすごい人生を送ってきていて、僕だったら間違いなく気が変になっているんじゃないかなと思うような生活をしてきた彼女は、淡々とそのことについて語り、最後に「私の経験した中で、自立生活センターができたらと強く思いました。」「台湾に絶対必要だ」とさらっと言いました。僕はいろいろな国の、いろいろな悲惨と思われる生活を強いられてきた人にたくさん出会ってきたせいで、そんな人に会ってもさほど驚いたりしなくなってきたように思います。 でも、そんな人がこれと決め、やっていこう!というとき、こんな人をサポートしていきたいと思う気持ちは何度出会っても薄れないし、「これやからこの仕事おもろいよね。」と思います。

 台湾はまだまだ、家族介護が当たり前で、障害者が国や行政に主張をしていくのが難しい状況だけど、そんな状況だからよけいに、この自立生活センターが出来ることは意味があると思います。リンちゃんは自立生活センターを立ち上げるにあたって、親の反対、メンバーがぱっとしない、代表というプレッシャーと今も格闘しているみたいです。

 廉田さんがイヤホンをして、なぜかパソコンに向かって話をしているときは、リンちゃんとパソコンを使って話をしているときです。長い時には夜中から朝方まで話をしています。

リンちゃん: 親が反対するんです。
廉田: それはもう家出しかないなぁ。
リンちゃん: 他に方法はないですか?
廉田: ないなぁ、実家で自立生活センターするのは格好悪いやろ?

 こんな会話が永遠と続き、こんなむちゃくちゃなアドバイスの元、リンちゃんは家出を決行、そしてこの家出から、台湾の自立生活が始まり、自立生活センターが立ち上がる事になりました。こんな過酷な環境の中でリンちゃんは、へこたれそうになりながらも一所懸命やっています。事務所は地下鉄「昆陽駅」から徒歩10分です。すぐ隣の台湾にリンちゃんが作った自立生活センター、チャンスがあれば是非行ってみて下さい。

 2月には廉田さん、下地さん、神山さん、沖田さん、中来田さん、菜畑さん、井上さん、そして僕はこのリンちゃんたちの作った「新活力センター」の立ち上げに行ってきます。また報告をこのメンバーからみなさんへ届けますので、期待して下さい。(松島)                                


ネパール・パキスタン道中記 

 去る06年11月4日〜11月17日、ネパール・パキスタンへ行ってきました。メンバーはアジアILプロジェクト隊長(?)廉田理事長、夢宙センターから次期隊長候補の平下(弟)さん、初海外ながら重要な役割を担う瀬戸さん、そして介助スタッフから青木智恵ちゃんと私「小谷」の総勢5名です。それでは、遅くなりましたが、この長旅の報告、ネパールを「小谷」、パキスタンを「智恵ちゃん」でさせていただきます。

ネパール・小谷編

 11月4日の昼下がり、ネパールのカトマンズ空港に到着しました。クリシュナやシッタをはじめ、多くの人々のお出迎えに見守られながら、カトマンズの中心部タメルのホテルに無事たどり着きました。が、そのホテルには階段しかない!と思いきや、なんとクリシュナ達の事前の要望により、手作りスロープが裏から登場!やるなぁカトマンズCILと思った次第です。その日の夜は、カトマンズCILのメンバーを中心に夕食を共にしました。これからしばらくは続くであろうカレーに舌鼓をうちつつ、交流を計ったり、また初日からネパールダンスを踊ったり、という感じで夜は更けていきました。

 2日目はカトマンズCILの事務所で開設後の活動内容や今後の予定などの報告をもらいました。事務所には新聞の切り抜きも多数あり、デモ活動の様子や警察に捕まるパルサン(CILメンバー)が写ってました。ここでは、カトマンズCILのアツい活動ぶりを聞いて、私たちも頑張っていかなアカンなぁ、と実感しました。またボーズラーズ(CILのメンバー、平下社長似)がなんとネパールのTV取材を受けていたことも付け加えておきましょう、私たちは映っていないようですが…
 3日目は智恵ちゃんと私のヤマ場、ネパールで初めての介助研修が男性7名、女性7名の計14名で行われました。今回の内容は主にトランスファー、食事介助、着替え、車イス研修等でしたが、通訳を介してということもあり、時間が予想以上にかかったことや、細かいニュアンスが伝わりにくかった部分はありましたが、参加者に「これから頑張っていきます!」と言ってもらえて良かったです。

 現在ネパールでは、自立生活を送る障害者がおらず、身体介助は未経験の人がほとんどでしたが、近いうちに前出のボーズラーズが自立生活を始めるという話も聞いており、これからどんどん介助者の人数も質も上がっていくのではないかと期待しています。ちなみに、その様子を見ていた廉田さんは、介助研修に参加していた女性がみんな智恵ちゃんよりも小柄で「智恵ちゃんが学校の先生に見えたのが面白かった!」と微笑んでいたそうです。(平均的なことは知りませんが、ネパールの女性は小柄な方が多かったです。)

 4日目、5日目はシッタの故郷、ポカラへ行ってきました。この移動は片道6時間、しかも凸凹道という厳しいものでした。しかし、この移動が最も辛かったのは、風邪からか疲れからか高熱をだいてしまい、うなりながらバスに揺られていた智恵ちゃんと、ドクターストップがかかっていながらシッタのアツい要望でポカラ行きを決めたはいいが、予想以上の揺れに首が悲鳴を上げ、帰りは飛行機にした平下さんの2人でありましょう。ポカラでは、ポカラの障害者達との交流会、ヒマラヤ山脈の絶景朝日の観光(ちなみに智恵ちゃんと平下さんと私は不参加)を行いました。交流会は夜中1時頃まで及び、廉田さんや同行したカトマンズCILメンバーがポカラメンバーを盛り上げていました。そして6日目、長いのか短いのかよく分からないうちにネパール滞在を終え、ネパールメンバーのお見送りをうけつつ、パキスタンへと旅立って行くのでした…

パキスタン・智恵ちゃん編

 パキスタンでは本当に驚きの連続でした。行く前から多くのパキスタン経験者から色々なアドバイスがもらえましたが、それ以上におどされもしました。「屋台のジュースは美味しいけど、飲んだら絶対あかん!」っていうもどかしい情報も頂きました。(美味しいっていう情報はなくても…)

 数年前メインストリームに研修していたシャフィックがつくったCILがあるラホールという街の空港に着くと女性の姿がなく、民族衣装を着た男性ばかりで緊張してました。でもCILのメンバーたちの歓迎を受けると一気に安心して体の力が抜けるのを感じました。が、観光地や街中では車イスが珍しいのか、たくさんの男性に囲まれ怖い思いをしました。

 ラホールではライフCIL、ニーハムCILへ訪問しました。また数年前のパキスタン北部大地震で被害の大きかったバラコットという街にも訪問しました。その街では地震で多くの脊椎損傷者が出ていて、この街にもCILを作る予定だそうです。ニーハムCILで作った車イスを贈るセレモニーにも参加してきました。

 パキスタンの首都イスラマバードへも車で5時間かけて行きました。そこでは地震で被災した人たちを対象にしたセミナーに参加しました。参加者には女性が多く、女性限定のセミナーがありました。それは宗教上の理由から男性がいる場所では、恋愛、性、トイレの介助方法などを自由に話せないからです。そこでは夢宙センターの瀬戸さんが中心になって話を進めましたが、宗教上の壁が厚くて参加者からの積極的な質問が少なく、いまいち盛り上がりに欠けたのが残念でした。でもイスラマバードCILのスタッフには女性が多く、今回のセミナーをきっかけに女性障害者のための活動をどんどん広めて欲しいと思いました。

PS.最初、海外支援部長の廉田さんから今回のネパール・パキスタン行きに声をかけられたとき、「大丈夫です!」と即答したものの、私の頭の半分以上は「大丈夫じゃないよね〜↓」って不安の方が大きかったのですが、ネパール・パキスタンのCILで頑張ってるみんなとの出会いや、初海外で言葉の壁にも動じることなく日本語でどんどん話しかける瀬戸さんとみていると、本当にいい経験させてもらってるなって思いました。今回、海外支援事業で普段メインストリームで行っている介助研修等を伝えればいいと思ってましたが、逆に私の方がいろんな事を考えさせられたり、教えてもらいました。本当にいい研修でした。

 またまた小谷です! この旅行では、フランシスコ・ザビエルばりの廉田さんの宣教師っぷり(?)と平下さんのいじられっぷり、瀬戸さんの頑張りとボケっぷり、そしてネパール・パキスタンメンバーの何というか草分けの勢いのようなものを感じたし、そんな彼らの活動を見ていると、私自身、介助スタッフになって1年半、日々の仕事にも慣れ、少々たるんでる部分もあると思い、気合いを入れ直す大変刺激を受けた旅となりました。メインストリームに関わるみなさんも初心を忘れず、これからも頑張っていきましょう! それでは、これにて報告を終わらせていただきます。


ケアの勉強会 

 アテンダントの川井田いいます。初めて『通信』に書かせていただきます。簡単に自己紹介させていただきますと、僕は平成2年の終わり頃、宝塚市の某療護施設でアルバイトを始めました。その関係で平成5年の1月からメインストリーム協会(以下MSA)でお世話になってます。MSAでのキャリアが長いのですが、最初に経験したことが生きていて、今でも自分の出発点は良くも悪くも施設だと思ってます。 

 平成2年頃から、その施設の入居者と外出する機会があったのですが、そのころ町で見かける車イスの人は、現在とくらべて圧倒的に少なかったです。今では梅田や三宮に行くと必ずといって良いほど車イスの人を見かけるし、駅のトイレやエレベータもつぎつぎと設置・整備されるようになりました。環境が完全に整ったとは思いませんが、それでも、振り返ると隔世の感があります。

 さて、今回『通信』に書かせていただくのは、アテンダント対象の勉強会についてです。現在、『ケアの勉強会』と称して、医療・介護に関する基礎的な専門知識を勉強する会を、月に1回行っています。

 目的は、ひと言でいうと、「介助技術の向上」です。MSAの研修や、ヘルパー資格の講義以外に自分たちで勉強して技術向上に努めようというわけです。

 ところで、そもそもMSAのような自立生活センターの理念として「セルフマネジメント」というのがあります。「セルフマネジメント」とは、簡単に言えば、自分たちの生活を、医療・介護をはじめとする専門家に牛耳られないようにしよう、ということです。それなのになんでわざわざ介助者が専門家にすり寄るみたいなことをする必要があるのか? 専門的な知識は、利用者から直接教えてもらうべきではないのか? こんな風に考える方がいらっしゃるかもしれません。

 たしかに、われわれは自立生活運動を実践するためにアテンダント業務をおこなっているわけで、利用者の主体性やMSAの運動の方向性はじゅうじゅう尊重すべきでしょう。しかし、実務に関わる介助者は、実務上、理念だけでOKとは言い切れない場面に出会うのではないでしょうか。

 利用者さんが「責任は自分が負う」と言っても、「あっそう。じゃ全部お任せでいいや」と、言われた事をすべて盲目的にやるわけにはいかないでしょう。ではどうするか。たんに指示に盲従しないで済むように、多様な知識を持つ必要があると考えます。
 また、近ごろ、利用者さんの加齢や、新しい、より重度の方が利用するようになって、アテンダント業務の内容が徐々に変化しているように感じます。多分、自立生活運動において、今後、僕たちは高齢化した利用者さんや、これまで知らなかった非常に重度の利用者さんの自立生活のサポートを、本格的に経験することになるのでしょう。

 したがって、業務内容の変化を予測すべきです。衣食住の通常介助そのものを、その人の体調にあわせて行う必要がでてくるとか、医療機器を扱うとか。利用者さんが飲む薬も変わってくるでしょう。少し考えただけで「これはどうなるのかな?」と幾つも思いつきます。そういう事態に直面した時に、あわてたり、まちがった介助をしないように、備える必要があるのではないでしょうか。

 そういうわけで、勉強会をやってます。「介助技術の向上」とは教科書的な文言ですが、そのこころにはそれなりの必然性あり、ということなんです。ただし、意思決定の主体は、いぜんとして利用者さんにあるのは言うまでもありませんし、いろいろ勉強したとしても、それをすぐに実務で使おうとするのも間違いだと思います。「生兵法は怪我のもと」と言います。専門家が言っているからといって、知識を鵜呑みにするのではなく、ほんとに利用者さんの現状にフィットするかどうか、疑いを持って充分に確認し、ふるいにかける必要があると思います。

 そういう作業を繰り返すことで、自分が今やっていることを、新しい知識に照らして、別の角度からイメージすることができれば、それだけで勉強した意味はあると思っています。例えば、食べ物を飲み込むメカニズムを理解しておけば、実務の際に、何でこの人はむせるんだろう(あるいは別の時には何でむせなかったんだろう)と考えるきっかけになるでしょう。

 以上、勉強会の宣伝をさせていただきました。もっと気楽な話を書けばよかったかもしれません。もし機会があれば、書かせていただきます。勉強会に興味のある方はぜひ参加してください。MSAのホームページの「事務局日記」に予定を掲載させてもらってます。それをご覧頂くか、事務局まで連絡してくだされば、日時・場所・内容などお伝えします。


プロ野球観戦部

 メインストリーム協会「猛狂の会」メイン支部長 大山でございます。

 06年、今期の感想を一言で表現すれば「残念…。」私としましては今期38試合を観覧し、部といたしまして3試合、そして今期より新たに発足した「猛狂の会」東京八王子支部と合同で東京ドーム、神宮球場での2試合を部員のべ60名の皆様と、共に喜び、共に涙しました。06年、今期のこの悔しさを噛みしめ来期にぶつけなければなりません。来期は、我がホーム、甲子園で4試合、東京八王子支部を招集し、未だ成し得なかった土日開催をも考えています。もちろん東京遠征も3試合を考えています。そしてプレイ・オフなんですね。私、こう見えても普段はアテンダント稼業一筋に、真面目に、直向きに行っております。が、利用者さんやアテンダントコーディネーターには誠に恐縮なのですが、今年10月は「働きません!」。この通信が届く頃には我が阪神タイガースも来期へ向けスタートしています。私も、秋季キャンプから始まり、沖縄、高知へ行ってきます。来期は部員の皆様と共に現時点のライバル「中日ドラゴンズ」を倒しましょう!来期の観戦予定はまもなく発表する予定です。観戦希望の方は事務局まで。


どこでも行くぞ呼吸器! 

 みなさんこんにちは。メインストリーム協会のかっちゃんこと藤原です。知ってる方はたくさんいると思いますが、ぼくは筋ジスで呼吸器をつけて生活しています。昨年の6月から一日のほとんどつけています。今回はこの通信で呼吸器をつけた生活で体験したことや感じたことを伝えます。

 ぼくが呼吸器を使い始めて2年がたちました。つけ始める直前は、息苦しくてすぐ目がさめてしまい十分な睡眠が取れませんでした。朝起きると頭が痛くて、気が狂いそうでした。昼間急に意識を失ってしまったように眠り込んでしまうこともありました。激しく体を揺らして、肩で呼吸していました。僕は体をよく揺らしていることで有名ですが、それは呼吸を助けるためのものです。

 実はそれらの症状は早く呼吸器を使い始めないと危ないというサインです。その時の僕の体の状態は、激しい運動を休憩なしにやり続けているみたいでした。疲労がたまりまくって、このまま死んでしまうんちゃうんかと思うぐらいでした。普通の生活もあぶなかったので付ける事を決心しました。それまでたいした病気もせず元気だったので定期的に病院に行ってなかったのでぎりぎりになってしまいました。今思えばそのとき決心してなかったら、僕はこの世の中にいなかったかもしれません。

 最初は夜間の睡眠時にだけ使うことで始まりました。めちゃくちゃ良く寝れるようになって、信じられないぐらい元気になりました。普通の生活が送れるようになりました。その時は夜だけ付けてました。しかし、一年ぐらい前から2〜3ヶ月ごとに肺炎になってしまい、呼吸障害が重くなってしまって、夜だけでは限界が来ました。6月からより本格的な機械に換えることになりました。バッテリーが小さく、持ち運びやすく、常につけることができます。少し息苦しいだけで家にこもって呼吸器をつける必要性がなくなりました。より思い切って外出ができます。呼吸器をつけて不便になったどころかむしろ逆で便利になりました。生活の制限がなくなったわけですから。さっそく仕事でしたが台湾に行きました。機内でも使えるからまた好きな海外旅行に行けます。

 外出先でもさまざまな出来事があります。電車のなかとかで小さい子供が不思議そうに僕を見たりします。親が必死に見ちゃいけないみたいな態度をとろうとしているのがおもしろいです。変わったマスクをつけているんやから、子供が気になるのは当たり前です。不思議なものは不思議で興味を持つのは普通です。

 地球にいながら宇宙飛行しているようなものです。ダイバーでもダースベーダーでもなんでもよいです。また募金の時には呼吸器をつけたらやたらと人が集まってきました。機械が車イスの後ろにかかっているので、一瞬電動車イスと勘違いした駅員もいます。機械ですから音はしますが、映画館やコンサートにはだいたい入れます。外出しまくって呼吸器をつけてる人が街にいるのはなんら普通のことやとアピールしていきたいです。(かつや)


どこでも行くぞ電動車イス! 

 〜兵庫県立芸術文化センターのまき〜 
こんにちわ。マッキーです。先日、去年の秋にできた芸術文化センターへ、映画音楽のコンサートを聞きに行ってきました。今日はそのことをネタにしようと思います。どうかよろしく。

 センターが独自で組んだオーケストラの演奏はまさに贅沢の極み。曲目も粒揃いでしたよ。スターウォーズ、ローマの休日、街の灯…ン〜、どれをとっても最高! チケット料は一人4000円。ま、釣り合ってるかな。

 センターでは他にもイベントが目白押し。ホールの大・中・小を使い分けながら、クラッシックや日本の古典芸能などを中心に紹介してくれます。沖縄の太鼓の演奏会や500円で楽しめるワン・コイン・コンサートなんかもあるので、気になる人はぜひ行ってみてください。

 場所は阪急西宮北口駅を南へ少し下がったところです。駅の南改札を出たら、ルートは二通りあるから便利なものを。天気のいい日は正面のエレベーターを使って外へ…。横断歩道をひとつ越したところにあるんですが、ロビー左側の館内エレベーターを利用して二階へ上がらないと受け付けてはもらえませんよ。

 もうひとつのルートは駅からの渡り廊下。南改札を出たら右手に見えてます。雨や雪や日照りのきつい時などはもちろん、時間があればそこに併設されている飲食街に立ち寄ってみるのもいいですよ。おススメは一階「フレッズ・カフェ」のミックスジュース。お試しあれ。

 二階ロビーの奥であらかじめチケットを買っておかなければならないことはたしかですが、そこを右に折れればもうホール・ゾーン。奥には中ホールと、小ホールに通じるエレベーターがあります。でも、僕が利用したのは大ホールのみ。他のスペースについてはよくわからないのでリポートは控えます。

 さて、ホールゾーン入口をさらに右に折れると、やっと大ホールへの通用口に…。コーヒーやサンドイッチなんかも売ってたりするけど、ちょっと高めかな。左折して入場券のチェックを通過、さらに奥へと進み右に折れたところにやっと大ホールへのエレベーターがあります。

 会場直前は足下が暗いから気をつけて。ホールの中は両翼で全10台の車椅子スペースがあり、ゴキゲン。音の大小が少しも気にならない絶妙のポジションでした。オーケストラ構成員ひとりひとりの顔がわかるって、いいね。

 おっと、肝心のトイレのことを書いておかねば…。手洗いは一階ロビーの右側と二階大ホール行エレベーターのそばにあります。いずれもドアの開閉は手をかざすだけの赤外線感知方式なんですが、中で気分が悪くなったときなどはベッドも出せる二階のほうが重宝かも。しかし、なぜ階によってわざわざそんな差をつけるんでしょう。便利な方がいいに決まってるのにね。

 ちょっと高いけど、二階のレストランでランチやディナーに舌鼓を打ってみるのも、さらにリッチ感を味わうにはいい手でしょう。下へ降りればパチンコの「チャンピオン」、リサイクルショップ「くるりん」、ミドリ電化、家庭料理「ままぁず・きっちん」もあるよ。ついでに書くなら我が家はアジアン・ショップ「サーモ30」の先。よかったら遊びにきてチョーダイ!

 とりあえず、芸術文化センターの設備でいやな思いをすることはありません。こころゆくまでステージを堪能してください。今日はこれにて…。(牧井)
                                    


編集後記

 事務局では、今年の春はダスキンの研修生も来てるし、新しく自立生活をスタートさせる利用者もいるし、お花見でもするか!って感じになってるのですが、桜って、いつ満開になるんやろう? このまま異常気象で行けば、3月なかばにはもう葉桜って感じに…。ってことは梅雨が…、夏が…、う〜ん、どうなるんやろ? って先走り、う〜ん、ますます、お花見の場所取りは、いつごろから行けばいいんやろう? 助けて! 教えて! 場所とって! ・・・ありがとう。

あ、お花見のお知らせはホームページで!じゃ、通信60号、閉店ガラガラ(ちゅうげん)